suckoflife

日常の生活を

2018/03/06

 


天気の話が好きで、理由は天気の話以外の話をしなくて済むからです。
日々労働の現場にいると皆さん気分が塞ぐのか、それ仕事に直接関係なくない?もしくは仕事に関係なくはないけどそんなのどうでもよくない?ってことについてもイチイチ自分の正当性を主張するために相手を否定するばっかりの人間が多くて、多すぎて、そういうお前らを否定してやるために私は誰にとっても正しく優しくあろうと思った。
正しく優しくあろうと思った。

思った。

思いましたけど、完全に思っただけだし、普通に無理だし、そもそも思考回路が全くの同レベルだし、俺もお前も寸分違わぬどん詰まりだねということで、そうなってくるともう天気の話くらいしかすることがなくなる。

だからどうしても上手くコミュニケートできない事務のおばちゃん相手にひたすらアイスブレイク、初対面でもないのにアイスブレイク、本題なんてないのにアイスブレイク、ブレイクさせたくないのにアイスブレイク、アイスブレイクに次ぐアイスブレイク、絶対に話をその先に展開させたくはなく、とにかく天気の話をしている(アイスブレイクという言葉は社会人一年目の一番最初の研修のそのまた一番最初に習ったような気がするけどそこはかとないダサさがあって良いなと思った)。

天気の話は良い。いまここにいる私たちにとっての共通の話題、それが天気。毒にも薬にもなり得ない。雨が凄い、風も強い、大変ですね。雪が降ってる、大丈夫ですかね。小春日和だ、いいですね。あったかくなって、春ですね。と思ったら寒くて、忙しいですね。

雪とか降ると束の間の一体感が生まれる。うぜえ仕事上の関係を一旦中断して、降雪というちょっとした非日常を目の前にしたただの2人になるのが少しだけ良いな便利だなって思う。
日常の中で見かける非日常の、都合の良さ。丁度良さ。そこに付け入る私の浅ましさ。雪が降りました。事故で渋滞が起きました。近所で事件がありました。
天気の話だけに留めときたいなって常々思ってるのに、気づくともう一歩踏み出してる時がある。

そんな姑息な私のクソみたいなやり取りに利用されてしまったおっさんがいて、私はそれについて懺悔せねばならない。
通勤途中、国道で交通事故があった。車道と歩道を分断するガードポールに黒のワンボックスが垂直に突っ込んでいて、全然意味が分かんなかった。中々垂直にはならないと思う。
運転手が車内で呆然としていて、チラッと盗み見た限りではおっさんだった。おっさんが空中を眺めてぼんやりしていた。おっさんとしても全然意味が分かりませんみたいな顔をしていた。いやお前がやったんだろとは思った。

そのまま出勤して、職場のおばちゃんと相対する。
さっきそこの国道の牛丼屋あたりで事故があったんですよ、わりと派手に車とかガードポールとか壊れちゃってて。怪我人はいないみたいで良かったですけど、渋滞になっちゃってて。っておばちゃんに報告する。朝の挨拶と共に。おばちゃんはアラマァ大変って表情まで揃えて応えてきて、怖いわねアナタも気をつけなさいよ、みたいなことを言う。あははそうですね気をつけます。そこまで言って、唐突に、あのおっさんのどんより曇った瞳が脳裏に浮かぶ。絶望してるように見えた。そこかしこに転がってる、ありふれたタイプの絶望感があった。それと同時に、目の前の現実を理解するのを心底拒んでいるようにも見えた。瞳が何も映してなかった。

電源だけ入っていて、だけどなにも映っていない真っ黒のままのテレビ画面が放つような鈍い光。
部屋の照明を落として、暗闇の中でだけ分かる微かな発光。
そうして布団に入る前になって初めて、テレビの電源が消してあったんじゃなくて画面設定が「ビデオ1」になったまま放置されていたんだってことが明らかになるんだけど、じゃあこいつは今までずっと誰にも気付かれないでどんより光り続けてたわけ?うわー。って思って何となく、変に気持ちが沈んでしまう。
生活の中でぼんやり広がる嫌な染みみたいな、そんな濁った目をしたおっさん。HDMI端子を引っこ抜かれて、何にも再生されてないときのビデオ1の画面の目をしたおっさん。

そのおっさんをつまみにして、分かり合わないで済むための生け贄にして、私とおばちゃんが繰り返す意味のないやり取り。当のおっさんは事故って人生大変だというのに。こういうのがエスカレートしていってやがて暴走したらどんな醜いことになるだろうと思い、それを想像するために目を閉じて、想像を絶したので目を開けた。やっぱり天気の話しかしたくない。

でも多分既に私もビデオ1の目をしてるし、おばちゃんだってそうかもしれないなと思う。各々が別レイヤーの世界を見ている。全員が斜め上か、斜め下を見ている。